大隅ふるさと祭り風景 表紙TOPへ
大隅半島の各地では新暦の2月から3月にかけて各地の神社を中心に、その年の豊作を祈願して春祭りが行われる。この春祭りは打植祭り、正月祭り、2月祭り、団子(だご)祭りなど名称は多様で、内容も変化に富む。春祭りでは神楽(神舞)が奉納され、方言を交えたユーモラスな即興の台詞や所作で田打ちや牛使いの様子が演じられる。二本の股木を互いにひっかけて引き合い、豊凶を占うカギヒキ祭りも大隅地方独特の祭り風景だ。旧暦八月になると水神祭りがおこなわれ、このとき奉納されるのが八月踊りと鉦踊りである。秋の収穫期にはホゼ祭りがおこなわれ、曽於市大隅町の弥五郎どん祭りや肝付町、末吉町の流鏑馬祭りが盛大に繰り広がられる。農耕文化が息づく大隅半島の大自然の中で、人びとは、心ふれあう祭りを今に伝承し、四季折々に、楽しんできた。 
 
鹿屋市祓川の棒踊り  2013/03/24
ふるさとの伝統祭り(一覧) ふるさと伝統祭り風景 動画でみる祭り風景

ふるさとの伝統祭り(一覧)
肝付町 四十九所神社流鏑馬 曽於市 弥五郎どん祭り 田之浦だご祭り・神楽 串良山宮神社春祭り
安楽山宮神社の正月踊り 志布志市安楽神社春祭り 鹿屋市串良二十三や市 鹿屋市 鉤(かぎ)引き祭り
高須町「祇園祭・刀舞」 東串良ルーピン祭り 志布志市 お釈迦祭り 笠野原「十五夜大綱引き」
鹿屋市吾平「臼おこし  肝付郡内之浦「ドヤドヤサー  肝付町「鎌踊り動画  肝付町「鬼火たき
肝付町「八月踊り」  鹿屋市王子町「鉦踊り」   鹿屋市「祓川棒踊り」  南大隅町「御崎祭り
肝付町「宮下棒踊り」   肝付町岸良「テコテンドン  錦江町旗山神社「柴祭り」  大崎町 荒佐祭り・神舞
末吉住吉神社流鏑馬    田崎神社「お田植え祭り」「しか祭り」    
肝付町四十九所神社流鏑馬 曽於市弥五郎どん祭り 大崎町野方荒佐祭り・神舞



志布志田之浦だご祭り 志布志山宮神社正月踊り 串良二十三や市



串良山宮神社春祭り 中津神社鉤(かぎ)引き祭り 東串良ルーピン祭り・甚句おどり
志布志市お釈迦祭り 鹿屋市高須町「祇園祭・刀舞」 鹿屋市笠野原「十五夜大綱引き」
     
 鹿屋市吾平「臼おこし」   肝付郡内之浦「ドヤドヤサー 肝付町「鎌踊り」 (動画) 
     
肝付町「鬼火たき 肝付町八月踊り  鹿屋市王子町鉦踊り 
     
 鹿屋市 「祓川棒踊り 南大隅町 「御崎祭り」   肝付町岸良「テコテンドン
     ※
  田崎神社「お田植え祭り」「しか祭り」    旗山神社「柴まつり」   
ふるさと伝統祭り風景
「御崎祭り」 南大隅町 
 九州最南端の佐多岬近くにある御崎神社は708年(和銅元)の創建というから1300余年の歴史を持つ神社だ。神社にまつわる祭りは御崎祭りと呼ばれ、春を告げる祭りとして知られ、二日間にわたって執り行われる。一日目の浜下りは、七つの集落・七浦を巡る巡幸で御崎神社の妹神がご神幸の神興に乗って、20余km離れた郡の近津宮神社にいる「姉宮」に新年の挨拶で会いに行く物語。その日は会えず、近津宮神社の仮宮で一晩過ごし、翌日会うのだという。二日目は近津宮神社で打植祭り、神舞が奉納される。
 
鬼火たき肝付町国見
 1月7日、肝付町国見校区の畑で、無病息災を祈願して鬼火たきがあった。国見の鬼火たきは、正月行事から消えつつある伝統行事を次の世代へ伝承しようと保存会により平成18年に復活した。夕暮れ時の午後7時、高さ約25mの巨大なやぐに火がつけられると勢いよく燃え上がり、孟宗竹が、「バンバン、ドンドン」と弾けて鳴り響き、歓声がわき起こった。寒空の中、観客者には焼酎やあたたかいゼンザイが振る舞われた。火勢が弱くなった後半には長い竹棒に餅を刺し、たき火で餅を焼いて食べながら、一年間の無病息災を祈願した。
 
「臼おこし」  鹿屋市吾平立元集落
 一年の家内安全や五穀豊穣を願って行われる正月の行事「臼おこし」が、元旦の夜、鹿屋市吾平の立元集落で行われた。育成会の親が見守る中、子ども達が「臼おこし」の歌をうたいながら集落内の全戸31戸を回り、餅やミカン、菓子などが振る舞われた。「臼おこし」は大隅半島で「臼ノ口明ケ」(うすのくちあけ)ともいい、かつては鹿屋から高山にかけて各地で行われていた。ここ、立元集落の「臼おこし」は100年以上の歴史と伝統があり、現在育成会を中心に子どもたちへ継承されてきている。
 
「ドヤドヤサー 肝付町内之浦
正月明け恒例の伝統行事,「ドヤドヤサー」が1月7日、内之浦地区市街地の下浜で行われた。「ドヤドヤサー」は無病息災、大漁、豊作、商売繁盛を祈願して、正月に使用した門松やしめ縄、お札やお守りなどを竹といっしょに燃やす「鬼火たき」の一種だ。神事の後、七歳児による火入れ式があり、火興しがスタート。12本に束ねられた心柱にはそれぞれ12月までの札がつけられたロープが付けられており、人々は自分の誕生札のロープを引っ張り、熱風の火照りを感じながら心柱が燃え尽きて倒れるのを待った。勢いよく燃え上がる火柱で「ドン、ドン」と青竹がはじける度に歓声がわき起こっていた。心柱が燃え尽きて倒れると人々は一斉に倒れた竹柱に駆け寄り、縁起物や魔除けとされる竹笹や飾りを取り合って、家に持ち帰っていた 
 
四十九所神社流鏑馬肝付町(旧高山町)
疾走する馬上から、騎手の少年が的をめがけて矢を放つ古式豊かで勇壮な流鏑馬。肝付町の四十九所神社に伝わる流鏑馬は同町新富の四十九所神社前の宮之馬場で奉納され、町内外からのたくさんの観客でにぎわう。祭りはまず町内パレードから始まる。町内をひとめぐりしてから神社で祝詞の奏上に次いで、「弓取り」の儀式がおこなわれる。馬が走るのは、同神社から真一文字に伸びる宮之馬場という通りで、長さは330m。真砂で馬場が清められ、馬場ならしがすんだあとの本番では騎手が三カ所にたてられた板的をめがけて、疾走する馬上から矢を弓につがえ、次々に射る。馬場を3回駆け抜け、合計九本の矢を射り、たくさん当たれば、来年は豊作と伝えられる。馬場を駆け抜け、弓をひく度に沿道の大観衆から拍手喝采が沸き起こる。

色鮮やかな狩装束(かりしょうぞく)姿で、疾走する馬上から的をめがけて矢を射る勇壮な流鏑馬
末吉住吉神社流鏑馬 曽於市末吉町
 末吉町住吉神社の流鏑馬は、五穀豊穣や無病息災を祈願して奉納され、町内外から多数の見物人でにぎわう。県内で伝承されている流鏑馬は、ここ末吉の他に肝付町の四十九所神社,日置市吹上町の大汝牟遅(おおなむち)神社があり、いずれも県の無形民俗文化財に指定されている。住吉神社の流鏑馬は、三ヶ所用意された的に鳥居の方から神社方向に馬を走らせて、疾走する馬上から的をめがけて矢を射る古式豊かな伝統行事だ。騎手の装束は鎌倉時代の巻狩のいでたちで、的に当たった数で翌年の豊作を占う意味もある。当り的で家を葺けばその家は栄えるという。いつごろから行われたのかは不明だが三国名勝図会にも記載があることから江戸時代後期にはすでに行われていたとされる。疾走する馬上から豪快に次々と矢を射抜く3人の射手に対して参道の観衆から盛大な拍手と大歓声が上がる。
 

弥五郎どん祭り曽於市大隅町岩川
弥五郎どん祭りは,大隅町岩川八幡神社の大祭をいい、11月3日に開催される。弥五郎どん祭りは、昭和63年、県無形民族文化財に指定され、県下三大祭のひとつに数えられる。一説によると、弥五郎どんは武内宿弥の化身あるいは隼人の酋長であると言われる。11月3日、午前1時に「弥五郎どんが起きっどー」のかけ声で弥五郎どん起こしの行事が始まる。ふれ太鼓を打ちながら神社周辺を廻って神事が行われ、弥五郎どんの組み立てが始まる。今年は4年に一度の作り替えの年。本体は竹籠で作る。25反もある反物を使って縫い合わされた真新しい梅染めの木綿の衣を胴体や腕に巻いて制作する。午前4時、弥五郎どん起こしの太鼓が鳴り響く中で弥五郎どんを起こす。午前7時には四輪の台車に立てられた身の丈4,85m、腰に長さ4,25mと2.85mの大小刀を腰に差した立派な弥五郎どんが完成する。午後1時、浜下りが始まり、子供たちに引かれた弥五郎どんが、市街地を練り歩く。沿道は弥五郎どんの巨体を一目見ようと県内外からたくさんの見物客が訪れて賑わう。八幡神社近くの岩川小学校の校庭では武道大会が奉納される。

弥五郎どんの浜下り風景

だご祭り志布志市田之浦
「だご祭り・神楽(神舞)の里」田之浦
春の訪れを告げる志布志市志布志の田之浦山宮神社の春祭り「だご祭り」は、氏子である田之浦地区12の各集落から1本づつ、長さ約2メートルの孟宗竹の先にワラツトを巻き付け、紅白の団子の竹串や金柑、椿の花などをつけた「団子花」(だごばな)が奉納される。団子の竹串は稲穂の代わりであるとされる。このだご花は、神事・神舞終了後に無病息災・五穀豊饒を願って参拝者に配られる。この時、老若男女を問わず、だご花に殺到、競うようにだご花を求め、祭りはピークに達する。手にしただんごは、煮て食べたり、豊作を祈って床の間にかざったりしてその年の五穀豊饒、家内安全を願う。

手にしただんごを見せ合ったり、分け合ったり、境内内は笑い声と弾んだ会話に包まれる。

稚児鬼神舞風景

鹿屋市山宮神社春祭り鹿屋市串良町
山宮神社(鹿屋市串良町)の春祭りは五穀豊じょうと家内安全を祈念して、約400年の歴史を持つ伝統行事だ。山宮神社春祭りに伴う芸能は、「正月踊り、鉤引き、田打」から成り、昭和37年10月24日鹿児島県指定無形民俗文化財に指定されている。

堂園集落の棒踊り

馬掛集落の棒踊り 

志布志市山宮神社春踊り志布志市安楽

志布志市安楽の山宮神社と安楽(やすら)神社ではその年の豊作を祈願する伝統行事の春祭りが行われる。祭りは2月の第二土曜日に山宮神社で稲に似せた竹串を境内に植える「お田植え」行事や浜下り、正月踊りが行われる。翌日曜日は近くの安楽神社で「田打ち」「牛使い」「種蒔き」「田植え舞」「カギ引き」等の打植祭と正月踊りが行われる。山宮神社は男、安楽神社は女の神様が祭られ、祭りに伴う一連の行事は一体とされる。最後は「正月踊り」が境内いっぱいに繰り広げられる。安楽山宮神社の正月踊りは黒頭巾を着けた白黒の装束の正月踊りが大きな特徴で県の無形文化財に指定されている。黒のお高祖頭巾に黒紋付、黒の手甲脚絆に黒の足袋という黒装束に身を固めた地元青年達が、腰に手拭、サルノコ人形をさげて踊る珍しい踊りである。この正月踊りは境内だけでなく、「庭回い」といって、安楽校区内の九つの自治会を回って踊られる。正月踊りは、九つの踊りからなり、最後は早いテンポのにぎやかな踊りで締めくくられる。

「庭回い」での正月踊り風景。黒頭巾を着けた白黒の装束の正月踊りが大きな特徴だ。

荒佐祭り・神舞(照日神社祭り)大崎町

荒佐祭りは大崎町野方の荒佐にある照日神社の春祭りとして、毎年3月第二日曜日に例祭が行われる。神社境内では恒例の神舞奉納・剣道大会が開催され、植木市や露店が並び、境内一角の舞台では荒佐祭り恒例の神舞を初め、合奏・遊戯・日舞等が発表され、たくさんの人々で賑わう。

荒佐祭り神舞奉納の一場面「四人鬼神の舞」

二十三や市鹿屋市串良町
大隅路に春の訪れを告げる「くしら二十三や市」
二十三や市は江戸時代後期の天保年間から旧暦の12月23日に正月用品の物々交換の場として始まったもので、戦後一時途絶えた時期があったが地元の商工会が昭和27年に復活させ、毎年この時期に開かれる。鹿屋市串良総合支所周辺道路は歩行者天国となり、県内外から約300店舗が軒を並べ、地元の特産品や陶器、刃物、農具、竹細工等の生活実用品のほか、日用雑貨、食品などが販売される。特に、植木市や陶器市は昔ながらの人気があり、二十三や市の名物となっており、春を告げる大隅路の風物詩だ。二十三や市では剣道大会や音楽パレード、ちんどんパレード、三味線や太鼓の演奏、猿まわし劇場などの楽しい多彩な催しも行われ賑わう。

春の訪れを感じさせてくれる沿道の植木・苗木市の風景

鉤(かぎ)引き祭り 鹿屋市高隈地区中津神社
「鉤(かぎ)引き祭り」は上、下両高隈地区の青壮年たちによって、二股の雌木とかぎまたの雄木をからみ合わせて引き合う神事で五穀豊穣(ほうじょう)と無病息災を願う伝統行事。300年以上の歴史を持つこの綱引きならぬ「鉤引き神事」は負けると豊年の夢も破れるとあって、老いも若きも元気いっぱい、汗だくになって熱戦を繰り広げる。鈎引き祭りは鹿屋市上高隈町の中津神社境内で行われ鹿屋市無形民族文化材に指定されている。もとは旧暦2月の初卯の日に行われたが現在は毎年2月の第3日曜日に行われる。

負けると豊年の夢も破れるとあって、老いも若きも元気いっぱい、汗だくになって熱戦を繰り広げる。

東串良ルーピン祭り・柏原大相撲 東串良町
柏原海岸砂丘地の面積約5ha、長さ約1kmにわたってルーピンの花の黄色い帯のじゅうたんが続く。このルーピンは、去年の秋、地元の人たちがボランティで種まきして育てたものだ。約100万本のルーピンの花が咲き誇る中、恒例の「東串良ルーピン祭り&潮干狩り」と柏原大相撲が開催され、町内外の親子連れ等およそ5千人の人出で賑わう。
 柏原海岸の松林内では250年余りの歴史を持つ伝統行事の柏原大相撲が開催された。地元女性による相撲甚句踊りがあり、子供相撲大会や県内の高校相撲部の招待相撲・対抗戦など熱戦が繰り広げられた。

地元女性によって踊られる相撲甚句踊り風景。踊りでは,人気力士の名入りの化粧まわしをつけ、三味線や太鼓の囃子にのって踊る様は,ユーモラスで豪快である。
肝付町八月踊り 
本町(ほんまち)八月踊りは、五穀豊穣、無病息災を祈願して踊られる肝付町の伝統芸能のひとつだ。旧暦の八月十八日に踊られていたが現在は、隔年9月第四土曜日に開催され、初秋の風物詩となっている。踊りに先立って水神祭(注1)が行われ、法楽(ふらく)が奉納される。法楽は鉦踊りとも称され、水神に豊作を感謝する行事として肝属平野一帯でよく見られる。法楽の神事は鉦(大小ふたつ)、太鼓二つで輪をつくって、腰に手をあて、歌をうたいながらゆるやかなテンポで足を太鼓に合わせて左右交互・前に動かして踊る。法楽奉納行事が終わるといよいよ八月踊りが始まる。男子は浴衣に黒の紋付羽織と菅笠(ジン笠)、女子は裾綿入れ裾模様の着物に、お高祖頭巾を被った独特な出で立ちだ(注2)。本町中央付近の道路上に櫓を組み、その上で太鼓、三味線、鼓弓が演奏され、曲に合わせて古老たちが踊り歌(五尺・一ッとの・お久米句読・思案橋・万次郎句読・おはら万女・平佐句読・船頭衆)をうたう。踊り手は櫓の周囲に輪をつくって踊る。踊りは、手首と指のリズミカルな動きに特徴がある。長い歴史を持つ本町の八月踊りは、昭和37年に鹿児島県の無形民俗文化財の指定を受け、現在、本町の八月踊りの保存会によって継承されている。 
 
菅笠(ジン笠)やお高祖頭巾の出で立ちで踊られる八月踊り。手首と指のリズミカルな動きに特徴がある。
お釈迦祭り 志布志市志布志町
4月29日、志布志の伝統行事、お釈迦(しゃか)祭りが開催され、近郷近在からたくさんの参拝客や見物人で賑わった。お釈迦祭りは「お釈迦様」の誕生を祝う祭りで、宝満寺を中心に毎年開催され、鹿児島県の三大祭のひとつに数えられる。昔はお釈迦様誕生日の4月8日に開催されていたが、現在は4月29日のみどりの日に開催される。「4月8日(しがつようか)」がなまり「しがっじょか」とか、4月8日は桜花の盛りであることから「花祭り」ともよばれる。宝満寺は安産に御利益があることで有名で、祭りでは花嫁を馬の背に乗せ、花婿が手綱をひくシャンシャン馬の行列が行われ、今年は5組の新婚カップルが参加した。境内では花々で屋根を飾った花御堂の中に、釈迦の立像を安置し、参拝人が小さな竹の杓子で立像に甘茶を注ぎ一年の無病息災を願う人々で人垣ができていた。境内や歩行者天国の特別ステージでは太鼓や踊り、演芸等の発表等があり、志布志の町は一日中祭り一色に包まれた。

お釈迦祭り恒例のシャンシャン馬パレード
王子町鉦踊り  鹿屋市王子町 
 和田井堰(いぜき)の水神祭で奉納される鉦(かね)踊り
鹿屋市王子町の水神祭が10月13日、和田井堰公園であった。水神祭の起源は、江戸時代後期の約260年ほど前に現在の王子町から白崎・新川町の市街地を経て川東町へ至る13kmの新田川が完成し、一帯の水田が開発されたのを記念し、豊作感謝を兼ねて始まったとされる。今年の水神祭では市の無形文化財に指定されている光同寺と王子町の両鉦踊りがそれぞれの保存会によって奉納された。和田井堰の水神祭は、毎年旧暦の8月28日に執り行われ鹿屋市の無形民俗文化財指定(王子町鉦踊り)(平成2年11月8日 市指定)
 
鉦踊りは、両側に二人が離れて立ち、両手を水平や垂直に伸ばし、からだを曲げたり伸ばしたりして、鉦を摺り合わすようにしてたたく。締太鼓と鉦の奏者は両者の間にそれぞれ横一列に並び、締太鼓のリズムに合わせて鉦を打ち、左足を一歩踏み出して踊る。服装は白い着物にハチマキ、五色のタスキをかけて踊る。
 祓川棒踊り
 鹿屋市祓川の伝統行事「棒踊り」が桜満開の下で勇壮に踊られた。はじめに瀬戸山神社鳥居の下でに五穀豊穣・無病息災を祈願して奉納され、その後、近くの公園広場で上祓川、中祓川、下・西祓川の各地区の踊りの披露があり、最後は全体で各地区踊りの競演が行われ、盛り上がった。白装束に赤や黄色の色鮮やかな帯やたすきがけに白はちまきの出で立ちで威勢のいいかけ声とともに踊る姿は勇壮だった。踊りの起源については、封建時代、士農工商の身分制度が確立した後、刀を取り上げられた農民の志気を鼓舞するために棒踊りを始めさせたとも言われている。棒踊りの起源年代は異説はあるものの昔の踊りは、動作、歌曲ともに緩慢で薩摩人の気質にあわないので明治15年頃、テンポの早い踊り「武術(示現流の変形)をくずした踊りで勇壮なもの」を移入したのが現在まで継続されている。  2013年3月24日(日)
 
田崎神社(お田植え祭り)(しか祭り)
 七狩長田貫(ななかりおさたぬき)神社)、通称「田崎神社」の主な祭事は、2月17日に「しか祭り」、別名「神能面渡御祭」、2月22日には、「お田植え祭」、旧6月30日には、「名越祭」で毎年古式豊かに執り行われる。境内には、樹齢約900年近くの大クスが威容を誇る。
 

映像でみるふるさとの祭り風景動画
 
御崎祭り
 
田崎神社お田植え祭り

山宮神社奉納棒踊り

弥五郎どんの浜下りと弥五郎どんの沿道パレード風景

笠野原「十五夜大綱引き」

山宮神社春祭り「棒踊り」

安楽神社「正月踊り」

鹿屋市笠野原町の伝統行事「笠野原十五夜綱引大祭」の動画風景。

山宮神社の春祭りに奉納される伝統芸能の「棒踊り」。(鹿屋市串良)

志布志市安楽の山宮神社春祭りに奉納される正月踊り


高須町「祇園祭・刀舞」

志布志「お釈迦祭り」

肝付町「鎌踊り」

鹿屋市高須町の祇園祭・刀舞。刀舞は山車の代わりに披露される。

志布志お釈迦祭りの太鼓パレードとシャンシャン馬。

五穀豊穣や無病息災を祈願して踊られる。肝付町伊勢神社(野崎地区)
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