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   家族で巡る 古都奈良と京都の世界遺産・名所探訪  一日目奈良編
 
全日程
 一日目 奈良の世界遺産・名所探訪 「法隆寺~慈光院~薬師寺~唐招提寺~東大寺」
 法隆寺  慈光院  薬師寺  唐招提寺  東大寺
一日目:奈良<法隆寺~東大寺> 二日目:京都<嵯峨野~嵐山コース>  三日目京都<清水寺~銀閣寺>
一日目
法隆寺~中宮寺~慈光院~薬師寺~唐招提寺~東大寺

  法隆寺    法隆寺
奈良の世界文化遺産探訪は、日本で初めて世界文化遺産に登録された斑鳩(いかるが)エリアの「法隆寺」 からスタートした。 聖徳太子が創建した日本最初の世界文化遺産「法隆寺」
  法隆寺は、奈良県生駒郡斑鳩町にある寺院で聖徳宗の総本山で別名を斑鳩寺(いかるがでら)という。創建は日本仏教の草創期の7世紀初頭推古15年(607年)され聖徳太子ゆかりの寺院である。金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられ境内の広さは約18万7千平方メートルで、西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。飛鳥仏をはじめ膨大な寺宝を所蔵し、法隆寺の建築物群は法起寺と共に、1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。建造物以外にも、飛鳥・奈良時代の仏像、仏教工芸品など多数の文化財を有する。
飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築法隆寺には金堂や五重塔など世界最古の木造建築物があり、飛鳥仏をはじめ膨大な寺宝を所蔵するまさに世界的至宝の寺院であった。
平成5年(1993)に日本で初めて世界遺産に登録された。
 
中門前広場から眺望する西院伽藍遠景
法隆寺の代表的な建造物

金堂
五重塔
夢殿
 
 
金堂・五重塔
 
夢殿
  くわしく見る→別窓単独<法隆寺のページへ>法隆寺探訪

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 中宮寺 中宮寺
法隆寺に隣接して、聖徳太子ゆかりの寺院である中宮寺があった。た。
 開基は聖徳太子が母后穴穂部間人皇女(あなほべのはしひと)のために建てた寺とされる
 本尊は如意輪観音、開基は聖徳太子が母后穴穂部間人皇女(あなほべのはしひと)のために建てた寺とされる。
 
 中宮寺。近代的でモダンな本堂は1968年(昭和43年)に建立され、設計は吉田五十八とされる。
慈光院 慈光院(じこういん)
午前中、法隆寺をたっぷり見学して大和郡山市にある茶の湯と庭園で有名な慈光院へ。
抹茶をいただきながら眺める庭園は格別だった。
 慈光院は、1663年に茶道石州流の開祖となる「片桐石州」が、父の菩提寺として建立した寺である。奈良県大和郡山市小泉町にある臨済宗大徳寺派の寺院で山号は円通山。本尊は釈迦如来。 庭園は片桐石見守貞昌(石州)が慈光院を創設したときの作と伝えられる。
「寺としてよりも境内全体が一つの茶席として造られており、表の門や建物までの道・座敷や庭園、そして露地を通って小間の席という茶の湯で人を招く場合に必要な場所ひと揃え全部が、一人の演出そのまま三百年を越えて眼にすることができるということは、全国的に見ても貴重な場所となっている。昭和9年 国の史跡及び名勝指定(庭園)、 同19年 国宝保存法により『国宝』指定(茶室・書院・手水鉢)、 同25年 文化財保護法により国指定の『重要文化財』に変更(茶室・書院・手水鉢)」 <同HPより>
 
見事な茅葺屋根の慈光院と禅宗様式の庭園
  抹茶をいただき、精進料理を味わいながら美しい庭園を眺める。これ以上の贅沢はない。
 
   
 
抹茶をいただきながら、広々としたお座敷から庭園や大和平野を一望

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 薬師寺 薬師寺
慈光院で心とお腹を満たし、壮麗な白鳳伽藍を訪ねて薬師寺へ

薬師寺は飛鳥の地に創建後・平城遷都に伴って現在地に移された。幾多の災害を受け東塔を除く創建伽藍を失ったが、昭和以降に金堂や西塔、大講堂などを次々に復興し白鳳様式の大伽藍を蘇らせた。
 
  天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病気回復を願って建立を発願。薬師寺(やくしじ)は、奈良県奈良市西ノ京町に所在する寺院で壮麗な白鳳伽藍を蘇らせた天武・持統天皇ゆかりの名刹で、興福寺とともに法相宗の大本山で南都七大寺のひとつに数えられる。本尊は薬師如来、開基(創立者)は天武天皇、道昭、義淵である。1998年(平成10年)に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録された。
 
南門から眺望する薬師寺西塔
 中門  中門
南門で拝観受付を済ませ中門へ入ると正面に左右対称の西塔と東塔が飛び込んできた。東塔(右側)は解体修理中で覆屋に隠され、姿をみることはできなかった。完成は平成30年の予定だという。中門の左右に迫力ある二天王像が配置されていた。
 中門に向かって左に西塔、右に東塔(解体修理中)
 西塔  西塔(さいとう)
白鳳様式を持った高さ34mの西塔。享禄元年に兵火で消失し、昭和56年に再建。各層に裳階(もこし)をつけているため六重に見えるが三重の塔である。
東塔は解体修理中
















 
西塔
 金堂  金堂
薬師寺の伽藍で一際目立つ金堂
中門を抜け左右対称の西塔と東塔の間の先には壮麗なお堂の金堂が建っていた。裳階(もこし)が付けられているために四重の屋根に見えるが実際は二回建てだ。本尊は仏教美術の最高峰とされる薬師三尊像だ。
 














 
   
 西塔と東塔の先には壮麗な金堂が建っていた
 
二重二閣、五間四面、瓦葺きの建物で各層に裳階をつけ、竜宮造りとも呼ばれる壮麗な金堂
 大講堂 大講堂
金堂の更に奥には平成15年に復興した大講堂が偉容を誇っていた。正面41m、奥行20m、高さ17mの薬師寺伽藍最大の建造物だ。講堂が金堂より大きいのは古代伽藍の通則で、これは南都仏教が教学を重んじ講堂に大勢の学僧が参集して教典を講讃したためだという。本尊は弥勒三尊像。後堂には仏足石 、仏石後歌碑が安置されている。   
薬師寺最大伽藍の大講堂
   
平成15年復興の大講堂
 玄奘三蔵院  玄奘三蔵院(げんじょうさんぞういん) 
 玄奘三蔵院は薬師寺主要伽藍の北端にあった。法相宗の始祖で、「西遊記」のモデルである玄奘三蔵の遺徳を顕彰するため、平成3年(1991)に造営された。伽藍中央の玄奘塔に三蔵の舎利を祀り、日本画家平山郁夫が30年をかけて制作した、大唐西域壁画がある。  
玄奘三蔵院伽藍
  薬師寺の仏像  薬師寺の仏像

金堂に安置する本尊の薬師三尊像 
  



東院堂の本尊
聖観世音菩薩立像(しょうかんぜおんぼさつりゅうぞう)

※それぞれの仏像は撮影きんしのため案内のしおりから転載
 
薬師三尊像
薬師如来を中心にして、向かって右が日光菩薩、左が月光菩薩、あわせて薬師三尊。薬師如来は、東方浄瑠璃浄土の教主で、またの名を医王如来。脇侍の日光・月光両菩薩は、動きのある美しい姿で、理想的な写実美を完成した仏さまといわれている。
 
聖観世音菩薩立像
 
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 唐招提寺  唐招提寺
唐の高僧、鑑真を訪ねる  唐招提寺(とうしょうだいじ)は、奈良市五条町にあり,唐の高僧鑑真和上が建立した南都六宗の一つで律宗の総本山だ。中国・唐出身の僧鑑真が晩年を過ごした寺で、奈良時代建立の金堂、講堂を始め、多くの文化財を有し、天平の息吹を伝える貴重な伽藍となっている。 本尊は廬舎那仏
 金堂  金堂
 拝観手続きをすませ、南大門をくぐり参道の玉砂利を踏みしめて進むと眼前に偉容な金堂が迫ってきた。鑑真没後の8世紀後半に弟子たちにより建立されたという立派な金堂だ。平成の大修理を終え、平成21年に拝観が再開され堂内には、本尊廬舎那仏坐像 、薬師如来立像、千手観音立像などが安置されている。  
寄棟造、本瓦葺きの本格的金堂。金堂の屋根の上に相対向する魚の尾形の飾り物は、鴟尾(しび)とよばれる。
 戒壇  戒壇 
 金堂の東端には三段の石壇上にインド風の宝塔が立っていた。僧となるための授戒が行われる戒壇と呼ばれる施設だ。    
  鐘楼 鼓楼  鐘楼  鼓楼
西橋の戒壇から金堂に引き返すと金堂・講堂間の東西にはそれぞれ鼓楼(国宝)と鐘楼が建っていた。  
鐘楼
 
鼓楼
鐘楼は金堂・講堂の西側に建ち、鐘楼に懸かる梵鐘は平安時代のものとされる。一方、鼓楼は東側に建つ。この鼓楼は太鼓ではなく、鑑真が唐から請来した仏舎利を安置しており、そのため舎利殿とも称する。毎年、5月19日に行われる梵網会通称「うちわまき」の際は、この建物の楼上から縁起物のうちわが撒かれる 
 松尾芭蕉句碑 松尾芭蕉句碑
講堂と東室の間の北側、元開山堂の石段のたもとに進むと、松尾芭蕉が当寺で詠んだとされる俳句の句碑があった。    
松尾芭蕉句碑「若葉して 御目の雫 拭はばや」。芭蕉は、12年もの苦難の末、盲目となっても日本に渡来して仏法を伝えた鑑真和上に強く惹かれていた。
 鑑真和上御廟 鑑真和上御廟(ごびょう)
境内北東側の奥まった静かな場所の土塀を張り巡らした門を潜って苔むした参道に一歩足を踏み入れるとそこは厳かな空気が漂い鑑真和上の御廟があった。  
御廟前の燈籠

  御廟正面(南側)
御廟入り口から御廟までの 門の中に入ると御廟まで一直線の参道が伸びていて参道の両側には木漏れ日の中に苔の生えた林が続いていた。  
御廟の門へ続く整然とした参道
宝蔵と経蔵 宝蔵と経蔵
御廟を出て最後の見学地、蔵と経蔵へ向かった。 宝蔵と経蔵はいずれも高床式の校倉で並んで建っていた。 宝蔵は経蔵ととも礼堂の東側に並んで建つ校倉(あぜくら)で、北側の蔵だ。経堂も宝蔵とともに高床式の校倉で、小さいほうが経蔵である。唐招提寺創建以前の新田部親王邸の米倉を改造したものといわれ、唐招提寺で最も古い建造物で、日本最古の校倉とされる。 
 
宝蔵
 
経蔵
 
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  東大寺 東大寺    
最後の見学場所の締めくくりはやっぱり平城京の「東の大寺」東大寺だ 東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の寺院で、奈良時代に聖武天皇が国の安泰を願って建立。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とする。平安末期と戦国時代に兵火に遭ったが、そのつど復興されて、天平の香りを今に伝える。
  二月堂と三月堂
 今回は、前回散策できなかった東大寺東端の高台に位置する二月堂と三月堂だ。
二月堂は、高台に立つ舞台造のお堂で
寛文7年(1667年)、お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されたのが現在の建物である。本尊は大観音、小観音と呼ばれる2体の十一面観音像。
 
二月堂
二月堂で毎年旧暦2月に行われる「火の行」とも言われる「修二会」(お水取り)は有名だ。
 
「修二会」お松明で使われた松明の竹
境内東方の高台には二月堂の他に法華堂(三月堂)、三昧堂(四月堂) の重要な建物があった。

法華堂(三月堂)

三昧堂(四月堂)
 
 
法華堂(三月堂)。東大寺建築のなかで最も古く、堂内には10体の仏像が安置されている。
 
三昧堂(四月堂)。狭いお堂には像高3メートルの観音菩薩立像が安置されている。
 大仏殿 大仏殿
東大寺ははいつも、観光客や修学旅行舎の見学者で大賑わいだ。
東大寺の大仏は撮影が許可されており撮影スポットの一つだ。撮る位置や角度、堂内の明るさによってその都度表情が違うのでおもしろい。 
本尊である大仏は、高さが実に約15mあるが写真ではその桁外れな大きさを表現できないのが残念だ。
 
大仏(盧舎那仏像)
   
 
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 法隆寺 東大寺   法華寺   興福寺
 
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   二日目:京都<嵯峨野~嵐山コース>     三日目京都<清水寺~銀閣寺>

  備考<全体計画と日程>
家族で巡る 古都奈良と京都の世界遺産・名所探訪計画
 旅行形態:個人型(家族旅行)   参加者:3家族8名   旅行日:2014/9/21~9/23
※奈良編: 一日目:<午前>法隆寺→中宮寺→法輪寺(車窓)→法起寺(車窓)→慈光院 (昼食) <午後>薬師寺→唐招提寺→東大寺  
※京都編:二日目:<午前>嵯峨野トロッコ列車(嵐山) (昼食)鯛茶漬け屋さん(HNANA) <午後>渡月橋→天龍寺→清流寺  三日目:<午前>清水寺→銀閣寺  <午後解散>

 MYプライイベート写真ページ
 
唐招提寺世界遺産記念碑前
 
東大寺
たくさんの旅の思い出をありがとう奈良世界遺産・名所探訪編でした。


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