接頭語のつく鹿児島の方言


凪子氏から投稿いただいた「接頭辞」に関するアンケート調査結果のレポートです。レポートの中からアンケート調査結果と考察の一部を紹介します。
鹿児島の方言「接頭辞」調査結果のレポート

臨地調査  調査地点 鹿児島県川辺郡坊津町

調査時点 200012

調査方法 アンケート調査が主、

接頭辞を含む語句の使用過程における変化

 残存する語と消失する語

共通語化が進み、方言が廃れていくのにつれて、接頭辞やそれを伴う動詞も廃れていっている。しかし、その中でも現存する語と消えていく語がある。それぞれの語の特徴に付いて述べてみようと思う。

まず、現在どのような語が使用されているのか理解するために、文献にある語、私自身が現地で気付いた語をもとに、アンケートを作成し、回答を集計した。

(別紙、表1〜3) エクセルで作成されたデータの一部をHTML化して紹介

その結果、やはり、年代が若くなるにつれて使用される語が減少していた。

1)10代

使用する語は、「ヒッチャブル」(破る)「ヒッカケル」(水などをかける)「ヒッチギル」「ヒッチャエル」など共通語的な形ものに限られる。聞いたことがある語では「ヒンヌグ」「ツッガル」「ウッガル」「ツンゴル」「ウッチラケル」(散らかす)などが挙げられるが、使用はしない。

 2)20代・30代

10代の使用する語に加え「ウッガル」「ツッガル」「ツンゴル」「ヒッチク」(付く)「ケワスレル」が使用される。聞いたことのある語に「ウッチラケル」「ケシム」「ケシヌ」「ウッタツ」「ヒットブ」「ヒンニゲル」「ホタイニゲル」などが挙げられる。

この年代以上の、聞いたことがある語というのは、他人が話していて理解できるけれども、自身は使用しないという語である。

3)40代

例に挙げたほとんどの語は理解できるが、使用する語は全体の3分の2ほどに限られる。上にあげた語に加え「イッカケル」「イッコボス」(こぼす)「ウッカム」「ウックヤス」(壊す)「ハッチク」「ホタイニゲル」「ウッダス」(出す)などが使用される。

 4)50代・60代・70代

最も使用度が高いのがこの世代である。聞いたことがある語と使用する語の差が比較的少ない。更に、「イッコム」(入れる)「ウッチョク」(置く)「ホタイマケル」(負ける)などの使用も認められる。

5)80代・90代

使用する語、聞いたことのある語の種類は、50代・60代・70代と同じであるが、使用率は高くない。

また、性別によっても異なり、接頭辞の付く語は全体的に男性の使用率が高い。特に「ウッタツ」「ツッガル」「ホタイオチル」「ホタイニゲル」などは特に男性的な動詞である。女性にも使用される語は「ウッチラケル」「ヒッチャエル」「ヒンヌグ」などのように生活の中で日常使用される語が多い。

 各世代を通じて、この地域ではあまり使用されなかった語としては「ウッチン」「キシン」(死ぬ)「ケアルク」(歩く)「ケサム」(《酔いが》覚める)「ヒンダレル」(疲れる)「ヒンダク」「ヒンナク」「ヒンマケル」(負ける)「ホタイオチル」であった。

接頭辞による意味の広がり 〜「ウッガル」と「ツッガル」〜

接頭辞はただ語調を整えるため、もしくは意味を強調するためにあり、それ自体に大きな意味をもたないとされている。だが、現在でも果たしてそうだろうか。例えば、ここにウッガル・ツッガルという二つの動詞がある。どちらも、「割る」に「ウッ」「ツッ」という接頭辞がついたものである。語調を整えるためだけに存在しているのであれば、この2つの語に意味の上でも文法上でも何の区別もないはずである。しかし、この2つの語の使用について調査し、比較してみたところ興味深い結果が得られた。

調査は各年代の男女に、「ウッガル」「ツッガル」がそれぞれどのような状態を指しているのか(そのまま・端が欠ける・いくつかに割れる・粉々になる)うちいくつでも当てはまるものを選択してもらう、というアンケートを行った。すると10代から50代まではウッガルに対して(いくつかに割れる・粉々になる)との回答が多く、ツッガルに対しては(端が欠ける・いくつかに割れる)といった回答が多かった。つまり、ウッガルはどちらかというと全壊のイメージが強いのに対し、ツッガルは一部破損的イメージが強いのである。しかし、この結果は60代から90代までの男女を対象とするとまた異なる。ウッガルも、ツッガルも「割れること全般」なのだ。端が少し割れようが、粉々になろうがその状態ははウッガレているのであり、ツッガレているのである。

何故このような現象が生じたのだろうか。ツッガレルとウッガレルの違いがあると答えた年代に更に口頭で意識調査を行ったところ、ツッガレルは「つっ欠ける」に近く、ウッガレルは「打ち割る」に近いからという回答が多かった。実際、その意味で接頭辞がついたかどうかは定かではない。しかし、高年齢層の使用者にそのような意識はほとんど見られなかったことから、共通語の普及に伴って新しい世代の使用者は方言を共通語的に解しようとしたためにそのような意味の差が生まれたのではないだろうか。また、この若年層におけるツッガルとウッガルの意味付けにより、割れる対象の破壊の程度のみならず、割るという行為を行う主体にも差が生じている。

チャワンヲ ツッガッタ。(茶碗を割った。)

イェンダンガ ツッガレタッ チュド。(縁談がこわれたそうだよ)

ツチヲ ウッガッタ。(土を壊した《耕した》)

イライラシナガラ カカット イッキ ウッガイガ。(苛苛しながら、やっていると

すぐに《茶碗を》割ってしまうよ。)<茶碗洗いをしている相手に向かって>

例のようにツッガッタは主に意図せずに、自発的に「割れてしまった」ことに対して用いられ、割ってしまった本人の責任はそう重くない。しかし、それに比べウッガッタはも「割れることが分かっていて割った」というニュアンスで使われることが多い。割る対象が同じ鏡であったとしても「カガン ヲ ツッガッタ」の場合鏡を使用している最中に、ちょっとぶつけてしまい、当たり所が悪く割れてしまったというニュアンスであるが、「カガン ヲ ウッガッタ」というと、夫婦喧嘩か何かで皿を投げつけて割った、もしくは危なっかしい持ち方をしていて、落としてしまい割ってしまった、というような使い方が多い。また、ウッガルとツッガルでは使用頻度はツッガルのほうが高い。ツッガルには意味の拡大解釈も行われるがウッガルには行われない。ウッガルの対象は基本的に土や陶器などの「割れるもの、物質」であるが、ツッガルは、それに加え例に示したように縁談や交渉などの「話が壊れる」といった場合にも用いられる。更に、60代より若い年代には

テレビガ ツッガレタ デ シュウゼンニ ダサンナ スマン。(テレビが壊れたので

修理に出さなくてはいけない。)

などのようにテレビや車などが「故障する」という例も見られた。表面上の割れている部分があるわけでなくとも、どこかが壊れていることが分かっていれば「ツッガル」は使用できるのである。このように、現在では接頭辞によって意味が拡大する例もある。

接頭辞を含む語の形式的変化 〜「ヒッチャレル」〜

上のように語句の意味自体を広げて生き残っている語もある。また、古語である動詞が接頭辞のついた形で残存している例もある。落ちるの方言「ヒッチャエル」である。もともとは「ヒッチャエル」は「落ちる」をあらわすの古語「アユ」に接頭辞「ヒッ」がついたもの、「ヒッチャユッ」である。古語アユの例は『万葉集』や『枕草子』にも見られる。『九州方言の基礎的研究』における臨地調査(老の例)では「果物が木から落ちること」としての「アユ・アエル」は採取されているが、現在では「アユ」は「アエタ」という過去形で、限られた場合のみ中高年に使用されている。

アメ ガ アエタ(雨が降り始めた)

カッ ガ アエ チョライ ヨ(柿が落ちてるじゃないか)

一方「ヒッチャエル」は、広い年齢層で使用される。具体的な物の落下だけでなく「試験に落ちる」などにも用いられる。

センタッモン ガ ヒッチャエタ。(洗濯物が落ちた。)

シッカイ チカメチョケ ネー。イッキ ヒッチャユッド。(しっかり、つかまってお

きなさいよ。《そうでないと》今に 落ちてしまうぞ)<軽トラックの荷台に乗る子供

に対して>

ケータイヲ イッソ ウミン ナケ ヒッチャアケテ ネー。(携帯電話をいつも、海

の中に落としてしまってねぇ。)<世間話>

「アユ」は、もともとは自然に落下するという意味だったようだが、更に接尾辞の「カス」の変形「ケル」を伴うことによって「落とす」としても使用されている。また、発音については、「ヒッ」という接頭辞は「シッ」と混同され、「シッチャエル」となりやすく、「アエル」についても、老年層ではヤ行音が強いが、若年層においてはラ行音に変わり、「ヒッチャレル」「ヒッチャラケル」と発音することが多い。