探訪記 五木村
 
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   子守歌の里・五木村を訪ねる 熊本県球磨郡五木村   2016.11.14
 プラン  一時間30分で巡る五木村 〜五木の子守歌情報〜
旅行日2016.11.14   旅行形態:ツアー  滞在時間:見学、食事、買い物を含め一時間半
 子守唄の里
五木村
子守唄の里五木村には、五木村の特産品を揃えた物産館「子守歌の里五木」、子守歌の碑が立ち、茅葺き民家の建つ「子守唄公園」、食事と温泉館「五木温泉夢唄」などがあり、心も体も癒すくつろぎの空間になっていた。 
 内 容
 五木の子守歌歌碑  公 園 散 策  茅葺きの民家
 五木温泉夢唄  五木の子守歌歌詞  五木の子守歌楽譜
歌碑を訪ねて
五木の子守歌
  
 五木の子守歌歌碑探訪
子守歌の里五木村に着いてすぐ足を運んだのが「五木の子守歌の歌碑」だった。歌碑は子守歌公園の茅葺き民家の前に立っていた。
五木の子守歌
歌碑
 
  五木の子守歌歌碑
 
 五木の子守歌
歌碑の文字
 歌碑には俳優・森繁久彌氏の直筆による「五木の子守唄」の文字が彫られていた。歌碑の前に立つとセンサーが働き、自動的に唄が流れ哀調を帯びた唄が流れ、唄の情景がじっくりと心に染み込んできた。 
 おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先きゃおらんと 盆が早よくりゃ早よもどる
 おどま かんじん かんじん あん人たちゃ よかしゅ よかしゃ よか帯 よか着物
  園内散策 子守歌公園散策
子守歌の里五木 道の駅子守歌の里五木と歌碑の立つ子守歌公園は隣接し、 園内を散策すると様々な子守歌に関する彫刻作品オブジエが置かれていた。平日の小雨の降る中、観光客もまばらで子守歌の里にふさわしい静かな癒しの空間があった。
 
道の駅 子守歌の里五木入口
 園内オブジェ  
親と子をテーマにしたオブジェ ママにあいたかった<平成2年度彫刻コンクール優秀賞作品>
 園内オブジェ  
翔<平成2年度彫刻コンクール優秀賞作品>
 園内オブジェ  
風の中にふるさとの声が聞こえる<平成2年度優秀賞作品>
 茅葺き民家 茅葺き民家
 茅葺き民家
園内の茅葺き民家には五木村の子守歌の歴史や背景を知る貴重な資料があった。現地で聴く生の五木の子守歌は格別な味わいがあった。
 
茅葺き民家<水没予定地より移設された旧住宅>
 茅葺き民家座敷内  
茅葺き民家の座敷風景

五木の歴史を知る
展示写真
 
昭和37年頃の五木村立三浦小学校・五木一中の下梶原分校の写真<民家展示写真より>
 五木の昔の生活を知る
展示写真
 
 
 昔の民具展示品  当時の生活が偲ばれる写真(茅葺き民家内の展示写真より) 
 
昔の生活民具(茅葺き民家内の民具展示品より)
 五木温泉 夢唄  五木温泉 夢唄
 五木温泉夢唄
五木村での昼食は、シイタケや手打ちそば・ヤマメの唐揚げ等地元特産の食材を生かした「五木温泉夢唄」のおもてなし食膳に舌鼓。「五木温泉夢唄」は文字通り、 内風呂、露天、サウナを備えた弱アルカリ性の本格的天然温泉らしいが今回は残念ながら時間の関係でパス。機をみて再訪したい。
 
五木温泉夢唄
 五木温泉夢唄
昼食お膳と館内
 
   
シイタケや手打ちそば・ヤマメの唐揚げ等地元特産の食材を生かした料理に舌鼓。
五木の子守歌情報 五木の子守歌考
五木の子守唄とは  五木の子守唄とは
「子守歌」とされる歌には子どもを寝かしつける子守唄と自分の不幸な境遇などを歌詞に織り込んで子どもに歌って聴かせ、自らを慰める守り子唄があるといわれる。五木の子守歌も守り子唄のひとつで、その昔、山深い五木の暮らしは厳しく、娘たちは幼い頃から家を助けるため、子守奉公に出された。娘たちは、奉公の辛さや父や母、そしてふる里を思う気持ちを口ずさみ、うたい継がれたのが「五木の子守歌」となった。
 五木の子守唄
歌詞の特徴
 五木の子守歌の歌詞
 五木の子守歌の歌詞は約70ほどしられている。もともと口減らしのために子守奉公に出された娘たちの間で歌い継がれてきた。五木の子守歌には被差別者としての苦しみやよか衆に対する小さな抵抗感、あきらめの気持ちが込められて唄われている歌詞が多く、歌詞から当時の五木村の生活や歴史を偲ぶことができる。 全国に知られている五木の子守歌は、古関裕而氏により編曲され、1950年(昭和25)から10年間、NHKのおやすみ番組の電波にのり、独特のハモンドオルガンの演奏とともに全国に放送され、知られるようになった。また、異なるリズムと旋律をもつ子守歌が村内最高齢の堂坂ヨシ子をはじめ、今も村人により歌い継がれている。茅葺き民家下の子守歌の歌碑の前に立つと音声センサーで堂坂ヨシ子さんの子守歌を聴くことができた。
     五木の子守歌
  歌詞
 
代表的な五木の子守歌の歌詞訳
♪ “おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ヤおらんど 盆が早よ来りヤ 早よもどる”
『私は、盆までの約束で、この家へ奉公に来ているのです。盆が来りや、家に戻れれるのです。早く盆よ、来てくれ』と家へ帰れる日を待つ気持ちが歌われている。 
“おどまかんじんかんじん あん人達アよか衆 よか衆よか帯 よか着物” 
  『私は、勧進(物乞い)みたいです。でも(奉公先の人たち)ここの人たちは良い着物を着て立派な帯を締めて、幸せだなあ』と羨む気持ちが歌われている。「かんじん」とは、「勧進」であり、社寺・仏像の建立・修繕などのために人に勧めてお金や品物を募ること。またその人。後に転じて「物乞い」と同意に使われるようになった。三十三人衆と呼ばれる地主の「よか衆」に対してかんじんは「小作人」の気持ち込められている。
♪“おどんがうっちんだちゅうって  誰が泣いちやくりゅきや 裏の松山 蝉が鳴く”  
『私が死んだって、誰も泣いてはくれない。裏の山で、蝉が鳴いてくれるぐらいのものだ』という諦めの気持ちが込められている。 
 “蝉じゃござらぬ 妹でござる  妹なくなよ 気にかかる”
『蝉だけじゃなかった。肉親の妹も、私が死んだら、こころから泣いて悲しんでくれるでしょう』という諦めの気持ちが込められている。 
♪“おどんが打死んだなら 道ばたいけろ  人の通るごち 花あげる”  
『私たち、身分の低い娘が死んだとて、墓どころか裏山に捨てられ、誰もかえり見てくれないでしょう』という気持ちが込められている。
 ♪花はなんの花  ツンツン椿   水は天からもらい水
 (自分が死んだあとに供養してもらう花は、道端にたくさん咲いている椿でよい、水も雨が降るから心配しなくて良い)
 ♪おどんが お父っアんな あんやみゃ おらす おらすともえば いこごたる
 
 ♪ねんねした子の 可愛さ むぞさ おきて泣く子の つらにくさ
 
 ♪おどまいやいや 泣く子の守りにゃ 泣くというては 憎まるる
  音声録音盤 五木の子守唄音声
   五木の子守歌<五木の子守歌祭生録音盤>
 楽譜 五木の子守歌 楽譜<パンフより>
 古関裕而採譜による五木の子守歌  
古関裕而採譜による五木の子守歌
 堂坂調 前田一洋氏採譜  
堂坂調 前田一洋氏採譜
 後記 メモ プライベート編
五木の子守歌
歌碑の前で
 
 
途中で雨が降り出し、短い滞在時間でのツアーだったが歌碑の前で聴く五木の子守歌は風情があり格別な味わいがあった。機を見て次回は単独で再訪することを誓って五木村を後にした。
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